長い永遠、短い永遠

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本作は、音楽スタジオ「スタジオアイジー」を通り過ぎた一人の人間による、あの頃の記録と、そこに私たちが存在したことの証明です。

アイジーを初めて訪れたのは2018年の秋だった。
それから4年間、私はここで膨大な時間を過ごした。
朝起きてアイジーに行き、眠るためだけに家に帰る。
ソファで夜を明かしたことも数えきれない。
まるでこの場所こそが私自身の「家」であるかのようだった。

アイジーは京都の音楽リハーサルスタジオ。
でもそれだけじゃない。

やりたいことを持った人々が集まり、新陳代謝を繰り返しながら、絶えず生まれ変わる生きもののような場所。
時間と共に住人も変化しつづけ、内装や外観もDIYで絶えず手が加えられ、少しずつ姿を変えてゆく。
時間を共に過ごし、食事をとり、酒を飲み、ときに喧嘩をし、他愛のない話のなかから、このままならない世界でどうやって暮らしてゆくのかを考える。

2021年の夏、一年後に京都を離れることを決めたとき、写ルンですを10個買った。
小学生のときにはじめて手にしたそれが、私と写真との出会いだった。

最初で最後の親族旅行、中学校の修学旅行、高校の部活の時間――大切なものはいつも写ルンですで撮ってきた。
やがてそんな気持ちは忘れていたけれど、アイジーで挑戦を重ねる人たちと出会うなかで、ああ私は写真が好きだったとふと思い出した。
大事で逃したくない瞬間が増えてゆくなかで、カメラもレンズもあれこれ買ってみた。
それでも何かが違っていて、自分の好きな写真ってなんだっけと考えたとき、私はふたたび写ルンですを手にしていた。

暗ければ像は溶け、近づけば白く飛ぶ。
それでもポケットに入る手軽さと、パチッと響く安いシャッター音が心地いい。
不完全さの中にだけ残せる質感がそこにはあった。
それは、忘れたくないのに少しずつ薄れていく記憶そのものだった。

永遠なんてないと知りながら、それでも「いつまでもこのままでいられたらいいのに」と願ってしまう私が、けれどあの一瞬が永遠よりも尊く、長く、そして何より大切だと思えたこと。

あそこから離れてずいぶんと時間が経った。
それでも変わらずアイジーはそこにあって、いつでもあの場所に帰ることができると思うと、いつもすこし勇気がわく。

きっと今日も誰かがドアを開けて、バーカウンターで酒を飲み交わし、防音扉の向こうではバンドの音が鳴っている。